はじめに
今は昔、海外出張に明け暮れていた頃、数カ国語に堪能な同行の後輩とこんな話をしたことがあります。
後輩「青山さん、今日はホテルで資料を作りたいから、夜の会食に出なくていいですか?」
私 「いいよ。でも、海外に来て相手と会食しないで、何が楽しいのかな?」
この後輩、英文のレターを書かせれば理路整然とした名作を仕上げる達人。しかし会食となるとボゾボソと問いに答えるだけで、全くイケません。
相手「Mr. 〇〇、そのラムはどうですか?」
後輩「美味しいです」
相手 「日本でもラムは食べるのかな?」
後輩「多分、そう思います」
会話になんかなっていません。そもそも、会食というのは相手の人となりを見極める大切な機会。さらに、海外出張と言っても空港とホテルとオフィスを行き来するだけですから、その国の文化を知る唯一の機会が会食です。話し好きの私など、これが楽しみで出張していたようなもの。
後輩の話に戻りますが、曰く「青山さん、変わってますね。そんなに食事が好きな人、珍しいですよ」。このオトコ、英語だけでなく日本語の会話も面白くない。
そこで、今回のテーマは「英会話を学ぶと会話が上手くなるか?」になります。この後輩のような、語学の達人にして英会話は得意ではない人がいるとなると、「英会話を学ぶ」とは何を学ぶことなのか。さらに「英会話とは、一体何なのだ」といった疑問も湧きます。ビジネスパーソンの教養としては必須の課題かと。
そうした想いから選んだこのテーマ、まずは、しばしのお付き合いをお願い申し上げます。
「英語」と「会話」の接近
「英会話」という言葉はいつ登場したのか。書庫を漁って調べたところ、その時期はそれほど古くはなく、1964年開催の東京オリンピックを前にした60年代が始まる頃ではないかと。時あたかも、戦後の「第二次英語ブーム」とされた英語学習の黄金時代。巷に「オリンピックを見にガイジンがやってくる」「道を尋ねられたらどうしよう」といった話題が出始める中で、「英語での日常会話」が縮まって「英会話」という言葉が生まれたのではと思います。
それ以前、すなわち、戦後すぐに始まった「第一次英語ブーム」に「英会話」という言葉は中々見当たりません。NHKの朝ドラ、『カムカムエブリバディ』で、さだまさし氏演じた平川唯一[1]1902 – 1993、岡山県出身。ワシントン大学演劇科卒。帰国後はNHKやTBSのラジオで英語会話番組を担当。のラジオ番組も『英語会話講座』。この平川のすごいところは、それまでは専門家の領域、さらには権威の象徴でもあった「英語を話す」という行為を、替え歌まで作って[2]平川は『證誠寺の狸囃子』を「Come, Come, … Continue reading会話という現場に持って来たことでしょう。戦後の英語ブームの中で「英語」と「会話」を近づけたのは、まさに平川の功績です。
功績といえば、この朝ドラ、平川唯一を取り上げたことはもちろん、彼のラジオから「英語会話」を学ぶ人物に、演技も英語も上手い上白石萌音ちゃん[3]1998 … Continue readingを起用したことは(私の思い込みも含めてですが)また別の功績であると言えます。
「英語」と「会話」の合体
平川の「カムカム英語」[4]平川が『英語会話教室』で普及させた英語の俗称です。後に続くのが、前述の「第二次英語ブーム」。この時代の遺産が「英会話」という言葉の登場、すなわち「英語」と「会話」を合体させてしまったことです。当時の英語事情を覗いてみると、ベストセラーに岩田一男[5]1910 – 1977、神奈川県出身。東京外国語大学卒、小樽商科大学/一橋大学教授。『英単語記憶術』もベストセラーに。『英語に強くなる本』(光文社 1961)がありますね。この本は、平川の試みた英語の日常化を、より洒脱により楽しくした一冊で、今読んでも面白い。「米国でトイレに入っている時にノックをされたら何と答えるか」みたいな話が載っていますが[6]「Someone in」ですね。ノックを仕返そうにもドアが遠くて。、こんなことは学校の教科書ではとても学べません。
岩田はこの本の中に「会話のしかけ方・受け方・つなぎ方」というセクションを設け、英語での会話の話を展開しています。「話題をもっていること」「聞きじょうずになること」など、英語に限らず、どんな言語にも共通しそうな会話のヒントがありますが、そんな記述の中に「英会話」という言葉がごく自然に登場します。
当時、私は小学生でしたが、「英会話を習っている」と話すお兄さん、お姉さんの言葉には(当時の言葉でいうと)「モダン」[7]「モダン」の次が「ナウい」、その後が「トレンディ」、今は何というのだろう。な響きがあって、英会話を習うというのはちょっと先進的、「ペラペラ」であれば異性に「モテる」[8]「ペラペラ」も「モテる」も江戸時代からあった言葉で、前者は話が流暢なさま、後者は「もてはやされる」が縮まったものだそうです。こと請け合いであった由。
恐らくは、この60年代が始まる頃に「英会話」という合体語は一般に広まり始めていたのでしょう。「これからは、英語での会話が大切だ」という平川や岩田の想いが結実しつつあったとも言えますが、果たしてこの先達お二人が「英会話を学ぶと、英語も会話も上手くなる」と思い込む小生のような不届き者の出現を予期したかというと、こちらは甚だ疑問であります。
「英語」と「会話」は別モノ
かくして「英語」と「会話」は合体し「英会話」という合成語が誕生しました。
その後、90年代の半ばともなると、どこの駅前にも英会話教室が出現し、テレビではピンクのウサギ[9]英会話スクール、NOVAが使ったウサギのキャラクター。40代以上の方ならご記憶にあるかと。跳びはねるようになるのですが、英語会話の歴史は60年代で止めておいて、このあたりで「英会話」という言葉の意味をよく考えてみたいと思います。
そもそも、「英語」或いは「語学」と「会話」の才能や勉強法は全く別のものではないでしょうか。ですから、ショーヘイ・オータニのような両方の達人というのは存在し難い。私が達人かどうかはともかく、後輩の言う「そういう人、珍しいですよ」はある程度、的を射た指摘だったかも知れません。
語学を学ぶにはそれなりの勉強法がありますが、会話となるとそんなものは少なく、むしろ、日常の日本語会話を疎かにしないという態度が、会話の力を付ける鍵になるように思います。端的に言うなら、日頃から会話に気を使っている人なら、どんな言葉を話しても(もちろん、話せれば、のハナシですが)上手い会話ができるということです。日本語の会話はダメでも、英語の会話なら上手いなどという輩には会ったことがないし、くり返し登場する後輩の存在も、両者が別モノであると考えてしまえば腹落ちはします。
「語学」を学ぶにはそのための地道な努力が必須。これはどなたもご存知のはず。そのために専門の学校に通ったり、原書と格闘する方もおられるでしょう。その一方で「会話」上手になりたいと思うなら「習うより慣れろ」ではないかと思います。すなわち、日常の日本語の会話を疎かにしないこと。その意味で、前出の『英語に強くなる本』には、トイレの件以外にも良いヒントがたくさんありますし、最近の話ならよく見かける「雑談力」に関する本が参考になるでしょう。家族や友達、恋人や職場の人たちと「今日はどんな話をしようか」と事前に考えてみたり、趣味の話を夢中でする友達に「すごいなそれ!」(転職サイトのコマーシャルではない)といった相槌を打つだけでも、聞き上手、会話上手に向けた第一歩になるはずです。
おわりに
さて、冒頭の後輩をホテルに残して会食をした時の話に戻ります。場所はロンドンのウィルトンズ[10]1742年創業、ロンドンに行かれる際は是非。牡蠣もオススメです。というお店。
相手「英国紳士とジビエ[11]野生の鳥獣を素材にした料理のこと。牡丹鍋もその一種でしょう。がお好みと聞いたので、この店にしましたよ」
私 「ありがとう。料理はこれから楽しむとして、その紳士(Gentleman)とダンディ(Dandy)な男というのはどう違うのですかね?一体、どちらを目指すのが良いものか?」
相手「それは面白い質問だ。この話は産業革命の時代[12]産業革命で成り上がる富裕層と、昔からの貴族の対立に関係があるのですが、この話はまたの機会に。から話をしなければならないが、それでもいいかね」
私 「もちろん、その話を聞きながらジビエというのは最高ですよ」
といった感じで話は盛り上がり、ビジネスの方も何とかまとまりました。
もっとも、私の話し好きは、会話の豊富だった両親と優れた友人に恵まれたお陰で「日常の日本語会話を疎かにしないという態度」が自然に身についたようなもの。ですから「会話を学ぶ」ということについては、両親や友人たちのプレゼントみたいなものです。それでも、英語という語学に関しては、受験勉強時代も含め「かなり勉強はして来たかな」という自負が多少はあります。
スティーブ・ジョブズ[13]1955 – 2011、今をときめく Appleの共同創業者の一人。彼自身は大学を卒業していません。は、人生の出来事を点に例えて「将来を見据えて点と点を結びつけることはできないが、後からつなぎ合わせることはできる」との名言を残しましたが[14]スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチにあります。有名な一節は「Stay hungry, Stay Foolish」。、私にとっても「会話」という点と「英語」という点は、後になってつながったようなもの。学んでいる時点では二つが全くの別のモノでした。これはちょっと恰好の良い例えをしすぎたかもしれませんが。
さて、今回のテーマは「英会話を学ぶと、英語と会話がどちらも上手くなるか」ですが、小生の答えは「NO」に限りなく近いものです。それは、この二つが別モノだから。
もちろん、今、「英会話」を学んでいる方の向上心を挫くつもりは毛頭ありません。それでも「英語」と「会話」は別モノのではないか、といった認識を頭の片隅に留めて、日本語での会話を見直してみるというのも一考に値するように思います。
それでは、ご機嫌麗しゅう。
(了)
References
↑1 | 1902 – 1993、岡山県出身。ワシントン大学演劇科卒。帰国後はNHKやTBSのラジオで英語会話番組を担当。 |
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↑2 | 平川は『證誠寺の狸囃子』を「Come, Come, Everybody」という替え歌にして『英語会話教室』で使用。原作詞者である西条八十の承諾も得ていたそうです。 |
↑3 | 1998 -、鹿児島県出身。上白石という姓は旧薩摩藩の制度に由来、門の「上」に「白い石」を置ける家が最上級であった由。萌音ちゃんは英検2級をお持ちのはず。 |
↑4 | 平川が『英語会話教室』で普及させた英語の俗称です。 |
↑5 | 1910 – 1977、神奈川県出身。東京外国語大学卒、小樽商科大学/一橋大学教授。『英単語記憶術』もベストセラーに。 |
↑6 | 「Someone in」ですね。ノックを仕返そうにもドアが遠くて。 |
↑7 | 「モダン」の次が「ナウい」、その後が「トレンディ」、今は何というのだろう。 |
↑8 | 「ペラペラ」も「モテる」も江戸時代からあった言葉で、前者は話が流暢なさま、後者は「もてはやされる」が縮まったものだそうです。 |
↑9 | 英会話スクール、NOVAが使ったウサギのキャラクター。40代以上の方ならご記憶にあるかと。 |
↑10 | 1742年創業、ロンドンに行かれる際は是非。牡蠣もオススメです。 |
↑11 | 野生の鳥獣を素材にした料理のこと。牡丹鍋もその一種でしょう。 |
↑12 | 産業革命で成り上がる富裕層と、昔からの貴族の対立に関係があるのですが、この話はまたの機会に。 |
↑13 | 1955 – 2011、今をときめく Appleの共同創業者の一人。彼自身は大学を卒業していません。 |
↑14 | スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチにあります。有名な一節は「Stay hungry, Stay Foolish」。 |
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